モビリティシェアリング先進国5選:世界をリードする国々の取り組みと成功事例
世界をリードするモビリティシェアリング先進国
地球規模で進む都市化と環境問題への対応として、モビリティシェアリングは持続可能な交通システムの中核を担う存在となっています。カーシェア、自転車シェア、電動キックボード、さらにはMaaS(Mobility as a Service)といった新しい移動サービスが、世界中の都市で急速に普及しています。
本記事では、モビリティシェアリング分野で特に先進的な取り組みを行っている5つの国に焦点を当て、それぞれの国の特徴的な政策、サービス、そして成功事例を詳しく解説します。これらの国々の先進事例から、日本のモビリティシェアの未来を考えるヒントが得られるはずです。
1. オランダ:世界最高峰の自転車シェア大国
オランダは、人口より自転車の台数が多いと言われるほど自転車文化が根付いている国です。この自転車大国が、モビリティシェアリングの分野でも世界をリードしています。
充実した自転車インフラ
オランダの成功の秘訣は、何よりもまず自転車専用レーンの整備にあります。全国に約37,000kmもの自転車専用道が張り巡らされ、安全で快適な自転車移動が可能です。都市計画の段階から自転車利用を前提とした設計がなされており、信号機も自転車優先になっています。
- 分離された自転車道:車道から完全に分離され、安全性が高い
- 優先信号システム:自転車が優先される交通信号の導入
- 駐輪場の充実:駅周辺に大規模な駐輪施設を完備
- 冬季のメンテナンス:雪の日も自転車道の除雪が徹底される
OV-fiets:公共交通連携型自転車シェア
オランダの代表的な自転車シェアサービス「OV-fiets」は、公共交通機関との連携に特化しています。鉄道の駅に設置されたステーションから自転車を借りられるシステムで、年間会費はわずか19ユーロ。1日の利用料金も4.65ユーロと非常に手頃です。
【成功事例】アムステルダムの「Swapfiets」
月額サブスクリプション型の自転車レンタルサービス「Swapfiets」は、オランダ発のユニコーン企業です。月額17.50ユーロで、メンテナンス付きの自転車を利用できる仕組みが学生を中心に爆発的に普及。故障時には48時間以内に無料で修理または交換してくれるサービスが高く評価されています。現在では欧州9カ国に展開し、会員数は50万人を超えています。
電気自動車シェアの先駆者
オランダはEVカーシェアでも先進国です。首都アムステルダムには、GreenwheelsやMyWheelsといったカーシェアサービスが充実しており、多くの車両がEVやPHEV(プラグインハイブリッド)です。政府は2030年までに新車販売をゼロエミッション車に限定する方針を打ち出しており、カーシェアもそれに合わせて急速に電動化が進んでいます。
2. シンガポール:スマートシティとMaaSの融合
都市国家シンガポールは、限られた国土を最大限に活用するため、先進的なMaaS(Mobility as a Service)プラットフォームを構築しています。
自動車抑制政策とシェアリング促進
シンガポールは世界で最も自動車の所有が難しい国の一つです。車両購入権(COE: Certificate of Entitlement)制度により、車を所有するには高額なライセンス料が必要で、その価格は時に車両本体価格を上回ります。この政策により、市民は自然とカーシェアや公共交通機関を利用する方向に誘導されています。
統合MaaSアプリ「Whim」とローカルサービス
シンガポールでは、複数の交通手段を一つのアプリで利用できるMaaSプラットフォームが発達しています。フィンランド発の「Whim」アジア版がシンガポールで展開されているほか、地元企業「Grab」も配車サービスからMaaSプラットフォームへと進化を遂げています。
- マルチモーダル検索:電車、バス、カーシェア、自転車シェアを組み合わせた最適ルートを提案
- 統合決済:すべての交通手段を一つのアプリで予約・決済
- リアルタイム情報:渋滞や運行状況をリアルタイムで反映
自転車・スクーターシェアの普及
シンガポールでは「Anywheel」「Neuron Mobility」などの電動スクーターシェアが人気です。ドックレス型(ステーション不要型)のサービスが主流で、スマホアプリで近くの車両を探して乗り捨てできる手軽さが支持されています。
【成功事例】自動運転バスの実証実験
シンガポールは、自動運転技術を積極的に導入しています。陸上交通庁(LTA)は複数の地区で自動運転バスの実証実験を実施。2025年現在、いくつかのエリアで商用運行も開始されており、将来的にはMaaSプラットフォームに統合される予定です。これにより、運転手不足の解消とラストワンマイルの課題解決を目指しています。
3. ノルウェー:EVシェアリングと環境政策の先駆者
ノルウェーは、電気自動車(EV)普及率が世界最高の国です。新車販売の90%以上をEVが占めるこの国では、カーシェアサービスもほぼすべてがEVです。
EV普及を加速させる税制優遇
ノルウェー政府は、EVに対して購入税・付加価値税の免除、高速道路料金の割引、駐車料金の無料化など、手厚いインセンティブを提供してきました。その結果、EVが一般的な選択肢となり、カーシェア事業者もEV導入が容易になっています。
都市部のカーシェア普及
首都オスロでは、「Hyre」「Bilkollektivet」「OBOS Bilkollektiv」といった複数のカーシェアサービスが展開されています。これらのサービスはすべてEV車両を使用し、市内に多数設置された充電スポットで充電できます。
オスロ市の野心的な目標:
オスロ市は2030年までに市内中心部を「カーフリーゾーン」にする計画を推進しています。自家用車の乗り入れを制限し、公共交通、自転車、徒歩、そしてカーシェアによる移動を推進。これにより、大気汚染の削減と都市空間の質の向上を目指しています。
寒冷地でのEV運用ノウハウ
ノルウェーの冬は厳しく、氷点下になる日も珍しくありません。しかし、EVカーシェア事業者はバッテリー管理技術を駆使して、寒冷地でも安定したサービスを提供しています。充電スポットには予熱機能付きのものも多く、利用者が快適に使えるよう工夫されています。
【成功事例】ベルゲンの「Bilkollektivet」
ノルウェー第二の都市ベルゲンで展開される「Bilkollektivet」は、協同組合型のカーシェアサービスです。会員が出資して運営する非営利型のモデルで、利益を会員に還元する仕組みが特徴。地域コミュニティに根ざした運営により、長期的に持続可能なサービスを実現しています。全車両がEVで、地元の再生可能エネルギーで充電されています。
4. ドイツ:多様なモビリティサービスの共存
ドイツは、自動車産業の本場でありながら、モビリティシェアリングの分野でも革新的な取り組みを進めています。
大手自動車メーカーによるカーシェア
ドイツでは、BMW、ダイムラー(メルセデス・ベンツ)、フォルクスワーゲンといった大手自動車メーカーが自らカーシェア事業に参入しています。
- ShareNow(旧Car2Go + DriveNow):BMWとダイムラーの合弁で設立。欧州最大級のカーシェアサービス
- WeShare:フォルクスワーゲンが展開する完全EV型カーシェア。ベルリンで大規模展開中
- SIXT share:レンタカー大手SIXTが提供するフリーフローティング型カーシェア
都市ごとに異なる自転車シェア
ドイツの主要都市では、それぞれ独自の自転車シェアシステムが発達しています。ベルリンでは「nextbike」、ミュンヘンでは「MVG Rad」、ハンブルクでは「StadtRAD」など、都市ごとに地域に根ざしたサービスが提供されています。
電動キックボードシェアの急成長
2019年に電動キックボードの公道走行が解禁されて以来、ドイツでは「Lime」「Tier」「Voi」「Bird」といった電動キックボードシェアが急速に普及しました。特にベルリンは、世界で最も電動キックボードが普及している都市の一つとなっています。
【成功事例】ベルリンの「Jelbi」統合MaaSアプリ
ベルリン交通局(BVG)が提供する「Jelbi」は、公共交通、カーシェア、自転車シェア、電動キックボード、タクシーなど、あらゆる移動手段を一つのアプリで検索・予約・決済できる統合MaaSプラットフォームです。市内各所に設置された「Jelbiステーション」には、複数のシェアリングサービスの車両が集約されており、乗り換えもスムーズ。ドイツ流の実用的なMaaSモデルとして注目されています。
5. 中国:圧倒的なスケールとイノベーション
中国は、世界最大のモビリティシェア市場です。巨大な人口と急速な都市化を背景に、革新的なサービスが次々と生まれています。
自転車シェアの爆発的普及と淘汰
2010年代後半、中国では自転車シェアブームが起こりました。「Mobike」「ofo」「Hellobike」など多数の事業者が参入し、数千万台もの自転車が街にあふれました。しかし、過剰投資と不正利用の問題から多くの事業者が撤退。現在は、Alipay傘下の「Hellobike」や美団(Meituan)の自転車シェアなど、大手プラットフォーム企業が運営するサービスに集約されています。
EVカーシェアの急成長
中国政府はEV産業育成を国家戦略として推進しており、EVカーシェアも急速に成長しています。「EVCARD」「GoFun」「Car2Share」など複数のサービスが展開され、主要都市では数万台規模のEVカーシェア車両が稼働しています。
- EVCARD:上海を拠点に全国展開するEVカーシェア最大手
- 統合アプリ:AlipayやWeChatから直接利用可能
- 低価格:非常に安価な料金設定で気軽に利用できる
配車アプリ「滴滴出行(Didi)」の圧倒的存在感
中国のモビリティシェアを語る上で欠かせないのが、配車アプリの巨人「滴滴出行(Didi Chuxing)」です。1日あたり3,000万件以上の配車を処理し、世界最大の配車プラットフォームとなっています。タクシー配車からライドシェア、カープール、レンタカー、自転車シェアまで、あらゆる移動サービスを統合したスーパーアプリです。
【成功事例】深センのスマートモビリティエコシステム
テクノロジー都市として知られる深センは、モビリティシェアでも最先端を走っています。市内のバスはすべてEV化され、カーシェア、自転車シェア、電動スクーターシェアが広く普及。5Gネットワークを活用したリアルタイムの交通情報提供や、AIによる需要予測を活用した最適配車など、テクノロジーを駆使したスマートモビリティが実現されています。また、自動運転タクシーの実証実験も積極的に行われており、近未来の都市交通の姿を先取りしています。
成功の共通要因:政策・技術・文化の三位一体
これら5カ国のモビリティシェア成功事例を分析すると、いくつかの共通する成功要因が見えてきます。
1. 政府の明確な政策支援
どの国も、政府が明確なビジョンと具体的な支援策を打ち出しています。税制優遇、インフラ整備、規制緩和など、多角的な政策パッケージにより、民間事業者が参入しやすい環境を整えています。
2. インフラへの継続的投資
自転車専用レーン、EV充電ステーション、駐輪場など、ハードインフラへの投資が成功の鍵です。オランダやシンガポールのように、都市計画の段階からモビリティシェアを前提とした設計がなされている国では、サービスが非常にスムーズに機能しています。
3. デジタル技術の積極活用
スマートフォンアプリ、IoT、AI、ビッグデータなど、最新のデジタル技術を活用することで、利便性の高いサービスが実現されています。中国やシンガポールのように、デジタル決済が普及している国では、シームレスな利用体験が提供されています。
4. 環境意識とシェアリング文化
ノルウェーやオランダでは、環境保護への強い意識が、モビリティシェアの利用を後押ししています。また、所有から利用へという価値観の変化も重要な要素です。
日本への示唆:学ぶべきポイント
これらの先進国の事例から、日本が学ぶべきポイントは何でしょうか。
インフラ投資の重要性
オランダの自転車専用レーンのように、安全で快適なインフラがあってこそ、モビリティシェアは普及します。日本でも、自転車レーンの整備やEV充電ステーションの拡充が急務です。
サービスの統合とMaaS推進
シンガポールやドイツのように、複数の交通手段を一つのプラットフォームで利用できる環境を整えることが、利便性向上の鍵です。日本でもMaaS実証実験が進められていますが、さらなる統合が求められます。
EV普及と連動したカーシェア展開
ノルウェーの事例が示すように、EV普及政策とカーシェア政策を連動させることで、環境負荷の少ない都市交通を実現できます。日本でも、EV購入補助金だけでなく、EVカーシェアへの支援も強化すべきでしょう。
地域特性に応じたサービス設計
ドイツのように、都市ごとに異なるニーズに応じた柔軟なサービス設計が重要です。東京、大阪、地方都市、過疎地域では、求められるモビリティサービスが異なります。画一的なアプローチではなく、地域特性を活かしたサービス展開が必要です。
今後の展望:モビリティシェアの未来
モビリティシェアリングは、今後さらに進化していくでしょう。
自動運転との融合
シンガポールや中国で進む自動運転技術の実証実験が示すように、自動運転とモビリティシェアの融合が次のフロンティアです。運転手不足の解消、24時間運行、コスト削減など、多くのメリットが期待されています。
MaaSのさらなる進化
交通手段の統合にとどまらず、観光、ショッピング、エンターテインメントなど、様々なサービスと連携したMaaSプラットフォームが登場するでしょう。移動そのものが目的ではなく、移動を通じて様々な体験を提供する時代が到来します。
持続可能性の追求
気候変動対策が世界的な課題となる中、ゼロエミッションのモビリティシェアがスタンダードになっていくでしょう。EVだけでなく、水素燃料電池車や、再生可能エネルギーで充電されるシステムなど、より環境に優しい選択肢が増えていきます。
まとめ:モビリティシェアが切り拓く未来の移動
オランダ、シンガポール、ノルウェー、ドイツ、中国――これら5カ国は、それぞれ異なるアプローチでモビリティシェアリングを推進し、持続可能で快適な都市交通を実現しています。
オランダは自転車文化を基盤に、シンガポールはスマートシティ戦略の一環として、ノルウェーは環境政策と一体で、ドイツは多様なサービスの共存により、中国は圧倒的なスケールとイノベーションで、それぞれがモビリティシェアの可能性を切り拓いています。
これらの成功事例から学べることは明確です。政府の明確なビジョン、継続的なインフラ投資、デジタル技術の活用、そして環境意識とシェアリング文化の醸成――これらが三位一体となったとき、モビリティシェアは真に社会を変革する力を持ちます。
日本もまた、これらの先進国に学びながら、日本独自の強み(高品質なサービス、きめ細やかなおもてなし、安全性への配慮など)を活かした、次世代のモビリティシェアシステムを構築できるはずです。
モビリティシェアは単なる移動手段の提供ではありません。それは、都市の未来、環境の未来、そして私たちの生活の未来を形作る重要な要素なのです。
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